追悼

本を買う時はいつもレビューを参考にしている。

亡くなられた片野あかりさんの著書もレビューがとても良かったので読んでみた。

皆さんの評価にたがわず、本はとても面白く、読んでて免疫力アゲアゲ、って感じだった。
拝読したのは2011年の6月ごろだったから、そのころは再発されていたことになる。
あかりさんブログの存在は10月ぐらいまで知らず、記事は最近のものしか読んでいなかった。
亡くなられて、過去の記事も読み返したり、なんとなく久しぶりに書評(レビュー)を見てみたりした。

すると、以前はなかった評価の低いレビューが。
低い理由は、「この方、再発されています。(中略)。やはりこういう本は病を克服された人に書いてほしい」って。
“病を克服”って簡単に言うけど、再発の可能性なんて何年も何年もなくならない。
あかりさんの本が面白かったのは、「あ、その検査私も受けた♪」とか、「そうそう、その薬きっついよね~」なんて共感できるからであって、仮にずいぶん前に治療を受けた人が、「私はもう再発しないから」って闘病のことを語っても、「ふーん、昔はそうだったんだ」と言う感想が精いっぱいだと思う。
例え再発されたとしても、あの本そのものの良さは変わらないと思う。
笑ったり、時に泣いたり、失敗したり、いいことあったり。
残念ながらあかりさんは亡くなられたけど、私はあの本を読んで、本当に良かったと思う。あかりさんがあの本を書いてくれて本当に良かったと思う。

あらためてブログの過去記事を読み返してみると、再発された時の書き出しは「(本の読者の方)ごめんなさい」であった。切なくて涙が出た。なんで謝るの…?
その日を境に、以前は貼られていた著書のバナーも消えていた。ものすごく優しい人なんだと思う。

レビューなんていまさら何で読みに行ったかと言うと、私と同じように高評価の人の意見を読んで共感したかったからなんだ、と、読みながら思い至ると、やはり同じ思いの方がいらっしゃった(以下引用させていただきます)。



「私も昨年乳がんが見つかり、術前抗がん剤、手術を受けました。
闘病記は参考に何冊も読みましたが、「名医にかかった自慢(繋がりがあった自分のステイタス自慢)」であったり、「検査や手術が痛かったことがつらつら書かれていたり(同じ検査や手術でも私は大して痛くなかった」、「全摘・再建途中の乳頭のない胸がショックだと書いてあったり(その選択しかない私はそれを読んで辛かった)」で、同病者への思いやりが感じられなかった。

片野あかりさんのブログを読んで分かったことだが、片野さんは、この本を同病者が読んで、怖くなったり辛くなったりしない様に、とても気をつけて書いている。とてもナイーブな人なんだと思う。

私は片野さんよりずっと歳が上だが、この本のあちらこちらにラインマーカーを引いて、書いてある言葉を胸に治療をがんばった。片野さんにお礼を言うのと共に、再発してしまった片野さんもきっとよい状態で乳がんと共存できていける様にと祈りたい。」


本日12月19日は片野あかりさんの葬儀の日である。
「ごめんなさい」なんてとんでもない。「ありがとう!」と伝えたい。
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