母の命日に 病気の意味 生きる意味

今日、12月14日は母の命日である。
今から14年前、私が26歳の時に52歳の母は倒れたその日に帰らぬ人になった。

その時の思いは「あり得ない」であった。
なんで私のお母さんがこの世からいなくなるの?
親はいつかい亡くなるものだとは理屈では分かっていても、現実としては受け入れがたいものがあった。
私は父も亡くしていて、その時の気持ちは「悲しい」だったのだけれど、「悲しい」を通り越して「あり得ない」であった。

長い長い闘病生活の末亡くなった父。悲しいけれど、もうこれで苦しまなくて済むんだ、とも思った。
そんな父をみて、「死ぬ時は長患いとかせず苦しまずに死にたいな。」なんて思ってた自分がなぜか苦しい抗がん剤治療を自分で選んでやっている。効き目があるのかどうか、必要なのかもわからない抗がん剤治療に生きる確率が高まる希望を託している。

苦しくても、生きていればいろいろと大切なものができて、生きることに執着してしまうことを知った。
未来への夢、好きな人、好きなこと。たとえそれが子供の寝顔を見るようなささいなことであっても、生きていたい理由は多い。

医師でさえも治療の終了を打診するような死の床にあっても「もっと生きていたかった」と言った父の生への執着がどこにあったのか分からないけれど、その一部が娘の行く末だったり孫の成長だったり、家族にもあったのだとしたら切ないけれどうれしい。

40歳になり、病気になってしまい、病気とは、残される人が別れを納得するための時間なのかも知れない、とも思う。母を喪ったあと、一見意外と平気そうに見えた父が一人になった時洗剤を混ぜ合わせて自殺しようとし、突然残されたものの計り知れない悲しみを知った。病気は苦しいけれど何か意味があるのかも知れない。でも私はまだ病気では死にたくない。

母親とは、いつも一緒、みたいないわゆる「仲良し親子」ではなく、ケンカもしてたし嫌な思い出もあるけど、今「一番の思い出は?」と聞かれたら「子供を育てることができて本当に良かった」と、繰り返し言っていたことです、と答える。本当に何度も言っていた。繰り返し、繰り返し。お陰で私は自分が生きていていいんだと思える。

私は子供の心になにか残せるかな?と母の命日に思う。
まだ死なない予定で頑張ってるけど。



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天国のお父さん、お母さん、みんな幸せにやってますよ~。
生きてたら孫11人~ ( ̄▽ ̄)ノ。お年玉たいへん~。
(なんかあったよね、「11人もいる!」って。うちのこと(笑)?)

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2 Comments

ねこみか  

No title

うちは15年前、父親が65歳で亡くなりました。(今75歳の母はピンピンしている)
60で脳梗塞になり5年間寝たきりで、家族の世話になってました。
母が強かったから私も妹も一緒に介護できた。商売(CD店)もやってたから忙しかった。
それまで外に出てばっかりだった父でしたので、寝たきりになってから、ようやく一緒にいる時間が確保出来たって感じでした。幸せでしたよ。
それにしても好きな物食べて、お薬(降圧剤)も飲まず、だった父。
65歳で「早過ぎる」と言われましたから、私はそれ以上長生きしたいな。

bambiさんのお母さんが「子どもを育てた事が1番の思い出です」と言われたとの事。
bambiさん、子どもとして親孝行をされたって事ですよ!!
うちの母は絶対(?)言いそうもないな・・・・・・うちの母の思い出は「花・野菜作り」かな?

2011/12/14 (Wed) 14:55 | EDIT | REPLY |   

bambi*  

ねこみかさん

こんにちは。
お返事遅くなってすみません。

介護を通じて、一緒にいる時間が増えて幸せなんて、なかなか言えない言葉ですよね。
お母様とお父様も同じ気持ちだったのではないでしょうか?
ねこみかさんもお母様とお父様にとっていい娘さんですよ~。

2011/12/19 (Mon) 08:23 | EDIT | REPLY |   

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